ストアハウスカンパニー・TOPページに戻る

『箱-Boxes-2008』
POHANG BADA International Theatre FESTIVAL
記録 by 茂木夏子

--------------------------------------------------------

7月27日(日)
 旅のはじまり。池袋の山手線ホームにて、チームリーダー真篠さんに出会う。
平人は起きれたかなあ?などと話しているうちに日暮里駅着。確か智春も今頃日暮里にいるはず、と思いメールしてみると、「おはようございまぁ〜す」と背後から声が。ゆったり座りたいスカイライナー組の年長者、真篠さんと私に対して、若い智春は「私は急行で行きます!!」と、数分早く出発する。真篠さんと私は同じスカイライナーに乗るのだけれど、喫煙車両と禁煙車両とで別れる。じゃ、後ほど。スカイライナー内では禁煙車両に演出の木村さんが一瞬出現。同じ目的地なのに、小さな出会いと別れ。

 8時50分成田国際空港第2ターミナル着。2時間も早くついて既に両替も済ませたという彩華と、やけに軽装備の平人も合流、誰1人として遅刻せず。今回は同行しないけれどもきっと1番心配しているであろう制作の紀子さんに、無事6人全員揃いました!みんなパスポート持ってきてるし! 大丈夫です、私たち、行けます! と、心の中で報告したのも束の間、「あのー、チケットって、控えあるんですよね?」と、小さな声が。
・・・平人くん、どうしましたか?

 木村さんが持っていた控えのおかげで、eチケットを忘れた平人も問題なくみんなと一緒にチェックイン。しかしeチケットでよかった。もし発券タイプのチケットだったら・・と想像するとゾッとする。旅公演、1人のカラダじゃないんだから、と、気を引締めて。これから5日間、ケガがないことはもちろん、いい旅になりますように。いざ、出陣。

 13時15分釜山金海国際空港着。空港を出ると、1日早く現地入りしていたステージマネージャー鳥養さんの姿があった。昨日から通訳もいない中、たった1人で目に入るものからたくさん情報収集してくれていて、演劇祭開催地浦項を目指す車中で話を聞く。ステージを見せてほしいと昨日案内された場所は我がチームのステージではなかったらしいこと、私たちが会える1番偉い人(?)ペクさんがなかなか捕まらないこと、どうやら我がチームの担当はこの車を運転しているキムさんという男性らしいことetc…。

 16時30分浦項着。まずはステージを見る。ヘマジ公園内の特設ステージ。事前に写真では見ていたものの、海を見下ろす丘の上にあるステージ、実際目の前にすると、そのロケーションに驚く。客席の広さというか深さというか、こんな遠くから空や海の風景と一緒に観ることになるのか。自分が出演することも忘れ、観る側の位置取りでステージを眺める。これはどちらがホンモノなのかわからなくなるな・・・。鳥養さんと真篠リーダーは冷静にステージ上で床をチェック。早速やれることをやりたい気持ちと裏腹に、会場には演劇祭スタッフの姿はなく、今夜上演する劇団のスタッフが作業中。相変わらず通訳不在で、どうしていいものか。

 ステージで何もできないなら次は箱のチェックを、と、とりあえずホテルに荷物を置き、演劇祭側に製作を依頼していた箱20個のもとへ。案内された先は額縁屋だった。店のウインドウ越しに箱が見える! 早く触って確かめたい!と車を降りようとすると、あれ?どこかで見たような顔? あ、劇団コルモッキルの女優、スヒさんだ!! 心配して来てくれたようだ。心強い。勢いよく困っている私たちのために、スヒさんが演劇祭側に電話をしてくれる。スヒさんを介して、はじめて演劇祭側と接触できた感触。目的の箱はというと、額縁屋が日曜日でお休みのため、ウインドウ越しに見つめるのみ、チェックは明日の朝までおあずけとなる。明日は通訳の人も来るという。

 「今日は何もできないでしょ? 浦項には昔ながらの市場があって、私たちが案内します。」とスヒさん。スヒさんの後輩女優イニョンさんとともに、浦項を案内してもらう。スヒさんとイニョンさんは今年の4月に新国立劇場で上演された「焼肉ドラゴン」のお母さん役とその連れ子役。記憶に新しい素敵な芝居と、目の前の2人の関係とが重なる。

 市場には、ヒラメだかカレイだか敷物かと見間違うほどの大きな魚が水槽に平たく重なっている。サメやナマコやホヤや、その他見たことのない魚貝たち。浦項は海の町。そのまま海上カフェへ移動する。いつの間にか日が暮れていて、夜景がきれいな町だということが判明。韓国ナンバー1の製鉄工場の煙と灯かり、海水浴場で思い思いにあげられる花火、たくさんの漁船の光、たくさんの飲食店のネオン・・・。いろいろなものが同時にあって、どこに焦点をあてていいのかわからなくなる。

 夜は劇団コルモッキルの「ハムレット」を観劇。俳優が丸裸にされるような直球な舞台。正面の意味を考えさせられた。観劇後はコルモッキルの俳優たちに貝焼き屋で盛大におもてなしいただく。さっきまでハムレットだった人が横に座っている。後輩俳優は先輩俳優を「お兄さん」「お姉さん」と呼んでいる。劇団員の数は現在全部で40人くらいだそうだ。俳優たちは劇団員のことを“家族”と言っていた。

 深夜1時過ぎ、ホテルに戻り、ミーティング。鳥養さんから明日の予定を聞く。朝は箱をチェックして、仕込みは夜23時からとのこと。

7月28日(月)
 昨日ウインドウ越しにしか出会えなかった箱を今日こそはチェック、と朝食後はドライバーのキムさんに連れられ額縁屋へ。通訳も来ていてほっとする。さて、箱は? 見た目はとてもきれいで工芸品のよう。上に乗ってもグラグラしない。でも、稽古してきた箱に比べるとちょっと重い。
製作者の額縁屋さんは「寸法どおりに作った」と胸をはる。きっと本当に寸法どおりに作ってくれたのだろうけど、できたてホヤホヤの箱の硬さも手伝ってか、木と木の間が狭くて指が入りづらい。箱を回す動作をチェックしていたら、抜けない指が箱の重さに引きずられ、手首をひねってしまった。
・・・すいません、もうちょっとココを削ってもらえませんか?と、箱20個の修正を依頼。16時までに修正してヘマジ公園に届けてくれることになる。たった1人で20個の箱を修正・・・、5ミリずつ削ってください、どうぞよろしくお願いします。

 ドライバー・キムさんは、今日現地入りする照明の上川さんをピックアップに向かう。残された私たちと通訳ボランティアの方2人。さて、これから夕方まで、何をしましょうか? なんでも通訳の方たちはボランティア協会からの派遣で、「私達は午後2時までですが、その後は別の通訳が来て、夜はまた別の通訳になります」とのこと。通訳は1日3交代のシフト制のようだ。通訳の方について町を歩き、お茶教室を見学し、抹茶ミルクを勧められるままに飲んでいる頃、演劇祭事務局から電話が入る。演劇祭実行委員長が木村さんに会いたいとのこと。

 13時、寿司ビュッフェ店にて、演劇祭実行委員長ペクさんと初対面。
笑顔で「どうぞたくさん食べてください」と言われるも、昨日から食べることしかしていない私たちの箸は重い。ペクさんが簡単に演劇祭のことを説明してくれた。なんとこの演劇祭では会場が8つあるとのこと。あちこち移動が大変でスタッフはとても忙しいらしい。会場が8つなんて、どこに誰がいるのか、誰がどんな活躍をしているのか、スタッフ同士も見えづらいだろうなと思う。ドライバー・キムさんが毎日長距離車を走らせていることや、さっき箱の修正を頼んだ額縁屋さんの作業は、誰が見守っているのか。

 夕方、無事上川さんが浦項に到着、これでストアハウスカンパニー側のメンバー全員が揃った。明日私たちが公演するステージで行われる今日のプログラムを観るため、まずは全員でヘマジ公園へ移動、その後夕食に行く予定が、今まで食事の段取りをすっかりまかせっきりだったドライバーキムさんの姿が見当たらず、身動きが取れなくなってしまう。今日の演目の上演時間がせまってくる中、演劇祭側は「夕食の用意があるので移動しましょう」と言い、私たちは「このステージでの上演を観たい」とねばる。通訳を介して押し問答。結局、鳥養さんと私が通訳の方に連れられテイクアウトできるものを買いに行くことに。後になって、現場にいなくてはいけないステージマネージャーの鳥養さんを連れ出して食事を買いに行くなんて何事だ!と木村さんに怒られる。今までいろいろなことを鳥養さんにまかせっきりだったなと反省。私たちも、メンバー同士誰が何をやっているかちゃんと見合って、できることはどんどん動かないと!

 23時、予定通り、仕込み開始。鳥養さんの段取りで、ステージ上のアクティングエリアを確認していく。その後、演劇祭スタッフと通訳とともに照明を仕込んでいく。
上川さんの「センターに誰か立って!」「高い道の最後を作って!」などの指示に俳優が動く。与えられた時間は深夜2時までの3時間、声をかけ合って、できることをできる限り仕込む。途中、「奥のセンターに立って!」の指示にアクティングエリアの思いっきりギリギリ奥に立った私の位置を、上川さんが「普通の感覚で、人が行きたいと思う奥はそんなに奥じゃないんじゃないの?」と言いながら修正、すいません・・・。修正された位置に立った時、私の中で奥が2つできる。ステージがどんどん入れ子になっていることに今さらながら気付く。物理的なステージの広さと、その中のアクティングエリアの広さと、さらにその中にあるたくさんの広さ。

 作業が終わって自分たちの荷物をまとめにブース前に行くと、ドライバーのキムさんからの海苔巻、夜も遅いのにわざわざ様子を見に来てくれたスヒさんはじめ劇団コルモッキルからのケンタッキー、通訳の方からのトマトなど、たくさんの差し入れが置いてあった。ごちそうさまです。

 深夜3時、ホテルに戻り、木村さんの部屋でミーティング。直前まで別の現場で野外ステージを経験していた上川さんが、野外の恐ろしさについて語る。熱中症防止に、氷とビニール袋があるといいとのこと。ポカリスエットも必須らしい。

 

7月29日(火)
 公演1日目。昨日の深夜ミーティングでの上川さんのアドバイスにしたがって、氷やらビニール袋やらを用意していざヘマジ公園へ。ステージの空間把握、箱のチェックも兼ねて炎天下の中、全シーンを止め通し。床は黒いリノリウム、太陽の光を一手に引き受け、燃えるように熱い。ふと真篠リーダーを見ると顔が真っ赤! 平人もフラフラとしゃがみこむ。男子中心に、みんな熱中症になりかけている。鳥養さんが木村さんの下に走っていって、休憩を要請。
ビニール袋に氷を詰めた即席氷のうを頭にあて、ひとまず命びろい。「氷を脇の下とか股の間にあてるといいよー!」とブースからの上川さんの声にみんな即効で氷のうを脇の下や股の間へ。智春は舞台袖で横になってのびていて、彩華は楽屋の椅子で丸くなってうつろ。明らかにみんな暑さにやられている。木村さんが「今日の稽古のテーマは、とにかくしっかり休むこと」と声をかける。

 しかしさっきから床がとにかく滑るなあ、と思っていたら、なんと間違えて油入りのモップで床を拭いていたことが判明。さらに、敷かれているマットはダンス用ではなく工業用とのこと。俳優一同、青ざめる。どうしようもないので開き直ってガシガシ歩いてみると、炎天下の熱でボコボコに伸びきった油まみれの床の感触が、素直に身体に伝わってきた。みんなはどうなんだろう? いつも通り上体を揺らさないように踏ん張る俳優、とにかく滑ってみる俳優、床のボコボコに引っかかって跳ね上がる俳優、そんなの関係なくものすごいスピードで歩く俳優・・・。みんなそれぞれの反応で床を感じているのかな。箱だって、稽古場で使っていたものと重さや隙間がちょっと違うだけで、もういつもの持ち方にこだわっていられない。いつもと違う歩き方、いつもと違う持ち方の発見。きっとそのために稽古してきたのかもしれない。臨機応変に。ただ、何のための臨機応変かだけは忘れないように。

 19時、ステージを見ながらみんなでお弁当を食べる。舞台奥には空と海と漁船の光。そういえばはじめの登場は、今お弁当を食べている客席1番後ろのこの位置からだ。ここから客席中央の階段を一列に下り、舞台前に設置されている中央の階段を上って、さらに壁の向こうへ。きっちりと引かれた線ではないけれど、グラデーションのような境界を感じる。

 20時30分、開演。私たちは歩き始める。客席はまばら。初めての海外公演組、智春、彩華、平人3人の緊張が伝わってくる。でも、誰も弱気になっていない。むしろ、やっとまた出会えたね、というような、メンバー同士の確認の時間。公演後半、頭上を飛行機が2機(のような気がした)、ゴーッという音とともに通過していく。ライヒの音楽のイメージもあり、本気で“殺される”かと思った。公演中なのに、個人的な記憶がフラッシュバックする。子どもの頃に住んでいた家が飛行機の通り道で、飛行機が通るたびにバンッという大きな音とともに窓ガラスが揺れ、そのたびに何が始まったのかとビクビクしていた。そんなことを思い出してしまっても、俳優は、ただ前を向いて立っていることしかできない。ただ観られることしかできない。稽古場で木村さんが何度も言っていた「ただ前を向いて立ってろ!」「ただ観られるだけの存在になれ!」を、はじめての意味で体験した。

 終演後は昨日の仕込みでも大変お世話になった大阪弁ペラペラの通訳キムさんと豚の焼肉屋へ。ここのところ白身魚の刺し身ばかり食べていたので、久しぶりに肉を目の前にする。キムさんは大阪弁で駄洒落を連発しながらも、今回の私たちの公演に対する韓国の人たちの視点をいくつか語った。そんなキムさんの話を聞きながら、私たちは韓国に来ている日本人としてみられていて、今この時期に韓国という場所で芝居をするんだ、ということを改めて意識する。

 深夜1時、木村さんの部屋でミーティング。今日の公演を振り返ると反省もたくさんあるが、無事に初日を終えたことの安堵感のほうが大きい。みんなより1日早く先乗りしていた鳥養さんが、韓国到着から今までのたった1人の奮闘を一気に語る。

 

7月30日(水)
 公演2日目。開演3時間前、大雨。台風がきているらしい。演劇祭側スタッフは結構気軽に「雨の場合は中止です」と言っている。そりゃあ野外だし雨だったらお客さん来れないけど・・・やっぱり絶対上演したいです! とのメンバー一同の強い思いが届いたのか、開演1時間前に奇跡的に雨が止み、照明上川さんの「今からガンガン照らすからね〜」の力強いお言葉に背中を押され(照明は水浸しのステージをガンガン乾かしてくれる)、真篠リーダーの「体操します!」の掛け声でメンバー5人、ずかずかとステージ中央で輪になって体操。木村さんの裁量で音楽がかかったのでそのままウォークに突入、雨と油で多少床は滑るけど、なんとか歩けるね、大丈夫そう。と、安心したのも束の間、マイク越しに届く木村さんの神の声。「すれ違え!」「 ローリング、ローリングだ!!」・・・この油まみれの床の上でローリング!? 案の定、髪の毛とかベトベトになって衣装にも油が乗ってきてどんどん身体が重くなっていく・・・のだけれど、メンバー誰1人手を抜かず、必死で擦れ違って必死でローリングして必死で正面に突っ込んでいく。シーンにはない動きだけれど、こういう意識、自然と激しく集中していく。通りすがりの人が足を止め、後ろのほうの客席に座り、ステージ上の私たちを観ている。なんとなく、ひとつの集中が終わりに向かっていく流れになった時、「はい、そのへんで」とマイク越しの声。それを合図にフッと力を抜いて、次は本番、と静かな意識に向かっていくメンバーと反比例するかのように、客席側からぱらぱらと拍手が立ち上がる。ああ、何かが起こった瞬間って、こういうことなのかも。気付けば開演10分前。

 「客席からは、海が見えて、空が見えて、夜景が見えて、何もなくても1時間くらいぼーっと見ていられる美しい風景なんだ。君たちの動きでそれを消さないように。ただ風景を見ていることの邪魔になるような芝居だったら、客は席を立つ。」・・・木村さんの言葉が風のように聞こえてくる。

 20時30分、昨日と同様、客席はまばら。演劇祭スタッフが会場のまわりにいる人たちに呼びかけて客を集めている。10分ほど押して、開演。昨日よりも客席が気になる。それは他のメンバーも同じようで、なんとなく、ひとつひとつの間の取り方がみんないつもより少しずつ長い。正面を向くことが多いこの芝居だが、東京公演の時はこんなに正面に果てがないなんて思わなかった。客席からステージを見るのと方向は反対だけれども、まっすぐに、ステージから客席を見る5人。5人がお互いを見るのではなく、ともに正面を向きながら、関係性を観られる芝居。今、私はすごく恐いことをやっているのかもしれない。

 終演後、1番前の席で見ていた子どもたちがステージ上の箱のまわりではしゃいでいる。数人の観客がその場に残ってくれていて、言葉の壁はあるけれども何かを伝えようと2、3のやりとり。その後、演劇祭スタッフと写真撮影。私たちとずっと行動をともにしてくれたドライバー・キムさん、仕込みの日に一緒に夕食を買いに行ってくれ深夜2時まで通訳をしてくれたミエさん、常に会場の現場スタッフの間に入ってくれた大阪弁のキムさん最後まで保留になっていたたくさんの事務的なことをひとつひとつ通訳してくれたキムモンスンさん、そして舞台、照明、音響のスタッフ。今、はじめて、ちゃんとお互いの顔を見合うような気がする。

 最後の夜は、数人の演劇祭スタッフとともに牛の焼肉屋へ。木村さんは実行委員長ペクさんと演劇祭の“意識”について話している。ドライバーキムさんがどうしても木村さんに言いたいことがあると立ち上がる。「私は1日目、2日目と2回公演を観た。観客1人1人によって違う意味が生まれる。俳優1人1人によって違う意味が生まれる。」

 深夜2時、木村さんの部屋でミーティング。今回の旅について、1人1人、感想を言うも、なかなか言葉にできない。

7月31日(木)
 帰国の日。事務的なことでバタバタして出発予定時刻を30分オーバーしたが、ドライバーキムさんのプライドをかけた素晴らしいドライビングテクニックのおかげで、先発鳥養さんが往路4時間かかった道のりを今回復路は1時間半でクリア、余裕で飛行機に間に合う時間に空港入りすることができた。その分、キムさんとの別れまでもバタバタしてしまったけれど・・・。キムさん、5日間、本当にお世話になりました。たくさんの運転、おつかれさまです。

 いよいよ韓国を発つ。搭乗口で、一瞬、寂しい気持ちになった。横にいた智春が「あたりまえかもしれないけど、やっぱり旅行で行く外国とは違いますよね」と言う。本当にそうだよね、と思う。海外公演って何だろう? 私たちは何をしに来たんだろう? ヘマジ公園で観客の何人かが伝えてくれた。「一度観ただけだから意味はよくわからない。難しい作品だった。でも、大変よく観ました。」・・・ 2ステージともに観客は少なかったけれど、観に来てくれた人たちの、日本が好き、あるいは日本に対して否定的な感情だけでないものを探ろうとしている必死さが、言葉や視線の中にあったように思う。そんな観客の前で、私たちはパフォーマーとして、必死の思いで身を投げ出せたのだろうか?

 16時05分、成田国際空港着。「おかえりなさい」と、紀子さんが迎えてくれた。無事帰りました、いろいろあったけれど、誰かに伝えたいことがたくさん生まれた旅でした。たった4泊5日とは思えない、長い旅だった。みんなでお互いの顔を見合う。同じ時間を過ごしたメンバーとの再会を楽しみに、ひとまずここで解散・・・本当におつかれさまでした。